YPP月曜メール 私の思うことVol.607 【思うことの大切さを知っておいて損はない】
おはようございます。
アッという間に4月も最終週になりました。
新年度の生活にも、少しずつ慣れていく頃でしょうか。
さて
自己啓発本などを読む方はどこかで
『思うことの大切さ』について
書かれているのを目にしているかもしれません。
ただ義務教育や、
その後の高校生活、大学生活を思い返しても
私自身は、『思うことの大切さ』について
学校で習った記憶がありません。
道徳の時間に
『人に迷惑をかけないように』ということは
繰り返し習いましたが
『あなたが強く思ったことが現実になるから
良いことを心に思い描いて生きるように』と
(教わったのかもしれないけれど)
言われた記憶が、ありません。
みなさんは、いかがでしょうか?
『思うことにすごく力がある、なんて当たり前ですよ。
だから毎日、ありたい自分を強く思っていますよ』と
職場の同僚や後輩に言われたことも、、、ありません。
しかし、
起業して立派な経営者の方々にご縁をいただくようになった前後から
素晴らしい人生を歩んでいる方々からは
必ずといって良いほど
『思うことの大切さ』の話が出てきます。
もう少し具体的に「仕事っぽく」表現すると
計画を実行していくために
目標を具体化すること。
そう聞くと、
「当たり前だ。具体的な目標がなければ進めないじゃないか」と
殆どの方が「会社に(組織に・チームに)目標(理想)はあって当たり前」と
ナットクされます。
でも、会社ではなく個人として
「思うことが大事だよ」と抽象的にいわれると
「思ったぐらいでは叶わない」と反射的に感じてしまいがちではないでしょうか。
チーム・組織・会社に「目標」が必要なように
自分自身のありたい姿を「目標設定」することは
本来、より良くなりたいと思えば必要なことなのですが、
個人で目標設定しなくても日々の生活を過ごすことは出来てしまうので、
また、目標設定もしばらくやらないうちに
一体どうやって始めたらよいのか「現在と未来の距離感」さえ分からなくなるので
オトナになると、
所属した会社や組織の目標はあっても
自分自身に課す「目標」「ありたい姿」は、意外と考えないまま生きてしまいます。
いま、
戦禍にあって「生きる」という本当に必要最低限の目標に
まっしぐらな人々がいます。
一方で
平和な土地に暮らし
美味しいご飯を三食たべることができる生活の中で
だからこそつい、目標も持たず、理想も考えず漫然と生きて
ともすると、
自分以外の誰かに小さな不満の矛先をむけて過ごしてしまうことが『できてしまう』環境があります。
そう考えると、世の中は
公平であってほしいけれど、悲しいかな、不公平だし、不平等だなと思います。
つらい思いをしている人に寄り添う優しい気持ちや
なんとか社会がより良くなってほしいと願う思いがあっても
「自分には力がない」と行動することを諦めてしまう人は多いですが、
本当になんとかしてあげたい、と思うなら
少しでも、今の自分に力をつけていくことが「着実な道」だと思います。
オトナになっても、今の日本は「人生100年時代」で、まだまだ先があります。
忙しく過ぎる日常のなかでも
「ありたい自分」を時に心に描いて
昨日はやらずに終わった何かに、今日少しでも取り組んでみる。
読もうと思っていた本を再び開いてみることであったり
人に不満を言う前に、自分の行動を省みることであったり
勉強しはじめた練習問題を1つ解くことであったり・・・
その一歩めの行動だけでは変化が感じられなくても
日々少しずつ、「より良い姿」に近づくための何かをアクションし続けること。
それが、1週間、1カ月、3か月と続いていって
時にハプニングで中断したときがあってもまた
凝りもせず、再開して、続けていくうちに
「思うこと」から始めた自分の変化に自分自身が気づくようになり、
「思うことの大切さ」が実感できてきます。
そうすると
日々の中で
「何を大切にするか」「何を心に思うか」を
(一日中ではないにせよ)
意識しながら過ごす時間が増えていきます。
自然と「思うことの大切さ」を知っている人と話が合うようになり
オトナになってからもずっと、学び続けている人たちとの縁が出来ていきます。
何から始めたらよいかわからない、と思うより
何からでも始められるのだ、と
今日から、ありたい理想の自分を考えてみよう、と
まず「思う」ことから始めてみませんか。
今週も、健やかで笑顔あふれる一週間となりますよう。
YPP
五味渕紀子