vol.229 【もらっているもののほうがずっと多い】
おはようございます!
私の住む町は、曇天でも少し暖かな朝をむかえています。
まだまだ枯木立の街路樹も、よく見ると、すこし新芽がふくらんでいたりします。
季節は刻一刻と移り変わっていきますね。
さて、先週の月曜メールでも少しふれたのですが今週も
私たちは、実は自分が誰かに与えることが出来たことよりも、もらっていることのほうが多い
という話をしたいと思います。
わかりやすいのが税金です。
この月曜メールを書いている私も、読んでいる皆様も
自分がこれまでに払ってきた税金よりも、自分がこれまで公共の場で恩恵を受けてきたことのほうが
きっと多いでしょう。
親子の関係でも、そういうことがいえるかと思います。
親がしてくれたこと以上のことを、親にはなかなか返せません。
これは仕事のシーンにおいても
上司と部下でも、あてはまることがあります。
何かサービスを提供して対価をいただくお客様との関係にしても
やはり、このチャンスをいただき、成長機会をいただいた、経験値をいただいた、ということを考えると
「してあげたこと」と「してもらったこと」を天秤にかけて
圧倒的に「してあげたこと」が勝るケースというのは、なかなか難しいです。
子育てでも、子供にしてあげることも勿論あるけれど
同時に、「親になるという体験」、成長をさせてもらっています。
何が言いたいか、というと
だからこそ、出し惜しみをしないように生きたいと思うのです。
気付けばこれまでの人生、いろいろな人の助けがあり、教えを受けてきています。
自分一人でやってきたつもりのことでも、実際、そんなことは殆どありません。
少しでも恩を返せる場所にきたら、少しずつでも返していくこと。
返せる相手は、自分が恩義を受けた相手と一致することは殆どなくて
どなたかから受けた恩を、恩返し出来るチャンスにご縁が出来た相手にやっていくということになります。
たまたまめぐりあわせで、今年は仕事で誰かのレクチャーを行う機会が増えてきたとします。
昔の上司に教えてもらった御恩をその上司に直接は返せないけれど
縁あってYPPの仲間に何かを教える時に、世間という大枠の中での恩返しが出来ています。
自分がいま、できることを出し惜しみせずに行う。
この能力も、努めて繰り返しやっていかないと、筋肉と同じように衰えてしまうし
努めていけば、筋肉と同じように鍛えられて身についていく力の一つだと考えます。
「手を抜くこと」「全力でやらない」習い性がついてからでは、なかなか元に戻せません。
ごくたまに、今までやってきた仕事を話す時
「ここでは、○○させられてしまった」という表現を使う方がいますが
受けた恩をあまり感じずに生きている印象を受けます。
御恩を感じている方は、傍から見るとだいぶハードな生き方だなあと思う人でも
「○○の経験をさせていただいて、今、これができるようになった」という言葉を使います。
そして決してつらそうではなく、むしろ、楽しそうにハプニングを乗り越えています。
人生には緩やかな時だけではなく、傍目にみたら「ハード」としか思えない局面もあります。
そういう時にも周りが驚くほど笑顔の人というのは、やはり
受けてきた恩をどこか感じていて、それらが勇気や周囲への信頼、安心感になって
必要以上に恐怖や不安を感じなくて済んでいるのではないかと思います。
誰か一人をみてそう思う、というよりも
元気で魅力的なさまざまなメンバーやお客様、パートナーさんをみて最近感じていることとして
綴りました。
そして、自分もそういう人になりたいと思っています。
いつも自戒の念を込めて綴っています。
ちょうど今日のこんな話が目に留まって、そうだ、出し惜しみしないで行こう!と思う人が一人でも増えたら嬉しいです。
今週も、世界にはさまざまな問題がありますが
身近なところはせめて、笑顔あふれる一週間になりますよう。
YPP
五味渕のり子