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月曜メール

vol.344 【不本意に感じたことこそ、学び、活かせるものになる】

おはようございます!
関東の桜は八分咲きのところが多く
これから満開を迎えます。

 

いつもこの季節に思うのですが
シーズンが終われば目に留まらなくなる桜の木々を
人知れず、手入れする人の手仕事があって
受け継がれてきた数々の知恵があって
毎年この景観が楽しめるのでしょう。

 

直接お礼を言われなくても
知らない誰かを楽しませるために行われている縁の下の仕事の尊さを感じます。

 

さて、
仕事に限らず
生きていると時々
思うようにいかない出来事に出会います。

 

自分が明らかにミスをして
穴があったら入りたい位の心境になる時もあれば
自分は悪くない(と思い込んでいる)のに
他人の言動で心乱されることもあります。

 

相手を責める気持ちをいかに静めるか
今日はそんなことを共有したいと思います。

 

そもそも怒りを感じるということは
それについて関心が強いものだからです。

 

普遍的に誰しも怒りを感じる出来事とは別に
日常生活における行き違いや価値観の違いなどによる怒りは
ある人にとっては「許しがたい」と感じることが
別の人にとっては「怒るのが不思議」と感じることは往々にしてあり、
同じことをされても全く平気な人と
そうでない人とに分かれます。

 

いずれも自分の視点と自分の価値観からみて
判断しており、
事実は「人の感じ方はまちまちである」となります。

 

多くの場合、私はその受け止め方や現象を
「合わせ鏡のようだな」と感じています。

 

自分の価値観と異なる意見に遭遇して
なんとか相手を説得しようと
頭の中でシミュレーションして
「もっとこうしてくれたら良いのに」と
相手に投げかけたくなる言葉が
実は、
その時自分自身が改めるべき
まさに自分に投げかけるべき言葉であることに気づいて
ハッとなったことは一度や二度ではありません。

 

例えば
「過去の出来事にとらわれた発言ばかりしないで、もっと未来を考えて発言したら良いのに」と
不満を感じたとすると
まさにそう言う自分こそが
過去の出来事にとらわれていているのではないかと気付く、という具合に
誰かに投げかけたくなったメッセージを自分宛に送ってみると
これは学びに変わっているのです。

 

そして、最初は怒りや不満を感じた出来事にさえ
「未熟な私に教えてくれるために起きたのか」と感謝の気持ちをもつように変化していきます。

 

もちろん、落ち込みますし
学んだそばからまた失敗したり気になったり
聖人君子とはいきません。

 

ただ、相手を責めるくらいに自分の中で大きく気持ちを揺るがされるような出来事とは
おそらくみな、大切だと感じる価値観に触れるジャンルであり
だからこそ、
そこで他人宛に投げつけようとした言葉や
湧き上がった感情を
そっくりそのまま自分宛にメッセージしてみると
学びに変わることが多いのです。

 

それと、
自分は絶対に正しい、と考えているときは
大抵そうではないことが多いように思います。

 

絶対正しい、と言い切れることはほとんど無くて
此方からみればこうみえる
彼方からみればああみえる
という違いが存在することの方が多いのです。

 

私も絶対に私は悪くない、と思い込んでいた(そして周囲の同僚や先輩も同様に、私の意見を圧倒的に指示してくれた)出来事が
時を経て、人生の師匠に出会い
「それは貴女が悪い」と一段高いところからの視点で教わり
十年以上経って初めて、自分の誤りに気付かされたこともありました。

 

なんの出来事も起きない一生はなく
良いこともあれば、
その時点では良しとはとても思えないこともあり、
すぐ気付ける過ちもあれば
長い年月をかけて気付けるものもあるのが
人生の妙味でもあると思います。

 

この月曜メールは
私自身が体験して感じたことを
いつも自戒を込めて綴っています。

 

もしも「自分のことを言われているのではないか」と感じる方がいたら
きっと今週はタイミングが同じなのでしょう。

 

今週も学びと実践のチャンスに恵まれています。平和な生活を営める状況を当たり前と思わず、感謝しながら過ごしたいと思います。

笑顔あふれる一週間になりますよう。

 

YPP
五味渕紀子

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